私たちの研究室では遺伝子発現における翻訳のしくみやncRNAの機能などについて研究しています

研究内容

 トランス・トランスレーションは新しく提唱されたタンパク質合成にカップルしたタンパク質分解システムである。このシステムでは300-400塩基からなる短いRNA分子(tmRNA)が主役をつとめる。我々は以前からこのRNA分子に着目してその一次構造を明らかにするとともに、その両末端からなる二次構造がtRNAの半分子と類似の構造をとることを発見した(Ushida et al., 1994)。さらに、このRNAがtRNAのように3’末端にアラニンを結合することが可能であること、またリボソーム上で機能していることを明らかにした。そして、tmRNAがtRNAとmRNAの両者の機能を合わせ持つ新しいタイプの分子であることを明らかにした(Himeno et al., 1997)。その後の研究により、これまで全く考えられていなかったシステム、即ちタンパク質合成にカップルしたタンパク質分解システムの存在が浮かび上がってきた(Muto et al., 1998)。

まず、このRNAは部分的にtRNAに類似した構造を有し、3’末端にアラニンを結合する。そしてmRNAが何らかの原因のために終止コドンを欠いたmRNAの3’末端で翻訳が中断したとき、アラニル-tmRNAがリボソームのAサイトに入る。次にtmRNAの一部が新しいmRNAとして働くことにより中断している翻訳を再開し、C末端に11アミノ酸からなるタグペプチドを合成付加する。そしてこのタグペプチドは分解酵素のターゲットとなる。

 この反応は、一つのペプチドが2種のmRNAの切り替えにより生じる新しいタイプの翻訳機構である。この反応のメカニズムをあらゆる観点から明らかにすることにより、翻訳調節ならびにタンパク質分解の分野において、数々の新しい概念をもたらすものと期待される。

 

トランス・トランスレーションの生理的意義

  tmRNAは真正細菌に普遍的に存在するにも関わらず、大腸菌、枯草菌など多くの細菌では通常の栄養培養下では成長に大きな影響を及ぼさない。しかし我々は、高温などのストレス条件下での菌の成長には必須であることを、世界に先駆け報告した(Muto et. al. 2000)。さらにトランス翻訳産物の解析から、特定の条件下では特定のmRNAの特定の場所がこの反応の標的となることを見つけた(Fujihara et al., 2002)。その産物の解析から枯草菌においてトランス翻訳が胞子形成(Abe et al., 2008)やカタボライト抑制に関与すること(Ujiie et al. 2009)を明らかにした。これらの事実は、これまで考えられてきた(1)翻訳に失敗したペプチドの分解と(2)立ち往生したリボソームを解放して翻訳を効率化する、という生理機能に加えて、トランス翻訳が新しい生理的役割を持つことを示唆する。特に上記の発見は、トランス翻訳が遺伝子発現調節に関与することを示唆する現象として捉えることができる。以下に記す現象の解析を通して、この反応の新しい生理機能を明らかにしていきたい。